テレビよりラジオ派。こう聞くとラジオは面白い!【雑記屋!】
どうも、ケスイケリーガです
僕はテレビとラジオでいうと思いっきりラジオ派なんです
いつかラジオに出たいと願うケスイケリーガがラジオの魅力についてお伝えします
ラジオを聞き始めたきっかけ
僕がラジオを聞き始めたのは中学3年生の頃だったと記憶している
テスト勉強を一夜漬けでやってる時のお供がラジオだった
今でも忘れないのが、深夜2時から始まる「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」
MCのくりぃむしちゅーが冒頭にこう叫ぶ
「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン!今日のゲストはデヴィ夫人です!」
え、
深夜2時にデヴィ夫人?
また有田がふざけてるよ
とか思ってたらほんとにデヴィ夫人がいた
深夜2時にデヴィ夫人が出演する秩序のないラジオというものを素直にすげぇと思ってしまった
そこからオールナイトニッポンを中心に色々なラジオを聞いていた
福山雅治のオールナイトニッポンが終了したときはニュースになった。
福山雅治ファンの多くが悲しむ中、福山雅治の終始下ネタ満載のオールナイトニッポンは大好きだったので、僕もファンに紛れて悲しんだ。
ラジオってテレビではご法度とされてることや想像を超えてくることを普通にやってくるから楽しいんだよね
テレビ派よりラジオ派の理由
僕の家にテレビはない。
テレビを置いていないのだ。
年代の少し上の人にこのことを言うと大変驚かれるが、僕の周りにテレビを家に置いていない人は結構いる
ぶっちゃけ、テレビは見ないし必要ない
バラエティはつまらないし、映画もドラマもニュースもネットで観れる
スポーツだけはテレビの大きな画面で見たいと思う時もあるが、毎日毎日見たいスポーツの試合がやってるわけではない
テレビがあると、見たいと思っていない番組でも注意がテレビにいってしまう
そんで無意識にテレビを眺める時間があることに後から気づく
その時の時間を無駄にした感があまりに強いので、テレビは置く予定もない
要は、テレビを見ている時間が無駄だなって思ってしまう
一方、ラジオはどうかと言うと、小説を読む感覚に似ている
小説は視覚で文字を追い、頭の中で映像や場面を想像する
ラジオは聴覚で文字を追い、頭の中で映像や場面を想像する
この頭の中で映像や場面を想像することに重点を置くとラジオはめちゃめちゃ面白くなる
例えば、上に書いたデヴィ夫人も、深夜2時に出るってことは寝巻きかもしれないぞ、スッピンかもしれないぞ、寝巻きでスッピンのデヴィ夫人は面白いな、しかもその姿のデヴィ夫人がくりぃむしちゅーに突っ込まれてる図は滑稽だな、デヴィ夫人の寝巻きとスッピンを前にくりぃむしちゅーもよく喋れるなとか
あろうがなかろうかいろんな図を頭の中で想像することが許される
テレビだと既に映像がそこにあるので想像の余地がないが、ラジオにはそれがある
そこに面白さを感じるし、こういったことを考えながらラジオを聞くとめちゃめちゃ面白くなる
それに加えて、ラジオは僕らの時間に侵食してこない
音だけの情報をきちんと捉えるにはある程度の集中力が必要になる
人間は情報の8割を視覚で獲得するといわれるように聴覚で情報を得ることを得意としていない(学校で先生が板書するのはこの理由だし、プレゼン資料を作るのもこの理由だ)
となると、ラジオの内容が興味のないものであれば、その音の情報に意識を向けないため、頭に入ってこないし意識が奪われることもない
興味のある内容だけ意識を向けて情報を獲得すればいいので、時間を無駄にしたという感覚がテレビと比較して少ない
まぁ、面白すぎて寝るタイミングを失い、睡眠時間がなくなることはあるけど(笑)
今の時代、ラジオを聞いてる人は少ないかもしれないが、スマホで聴けるラジオも多くなってきている
テレビには無い面白さがラジオにはまだ生きているし、ラジオってオススメですよ
ラジオに出たい?
出たい。いつかラジオに出てやるぞ!
それでは、グッバイ!
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